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校長講話

201904.15

校長講話_NO.122 入学式式辞「『今』という時」

 命の躍動を感じるこの春に、今年度もこのように入学式を行えることを心から感謝します。

 中学1年生の皆さん、高校1年生の皆さん、皆さんを長野清泉女学院中学・高等学校の新しい生徒としてお迎えできることを本当に嬉しく思います。

 保護者の皆さま、本日はおめでとうございます。皆さまは大切にお育てになったお嬢様を本校にお預けなさいます。皆さまの思いに応えられるよう、教職員一同努力してまいります。

 ご来賓の皆さま、いつも様々な場で支えて頂いておりますことに感謝申し上げます。また本日は入学式に御臨席を賜り、誠にありがとうございます。

 今朝は、「今」という時をどう過ごすか、についてお話をしたいと思います。本題に入る前に一つの数字を紹介します。皆さんもどこかで聞いたことがおありでしょう。「3時間以上」という数字についてです。長野県の教育委員会が昨年度実施したアンケートによると、平日に3時間以上インターネットを使う割合は、高校生が48%、中学生が13.4%、小学生が11.6%とのことです。仮に一日8時間眠るとすると、3時間インターネットを使うという人は、起きている時間、16時間の約2割をインターネットのために使っていることになります。大学生の多くの人が13時間以上スマホを使っているという調査もあります。

 インターネット、スマホを長時間使うことが一概に悪いことだとは言えませんが、13時間というのは時間の使い方としてバランスを欠いているように私には思えます。

 皆さんには「今」という時間の大切さを実感してほしいと願っています。皆さんはこれから長野清泉女学院で3年間、あるいは6年間を過ごします。その時、常に心に留めておいて欲しいと思うことを2つお話しします。一つは、今日という日のかけがえのなさについて、もう一つはかけがえのない学生時代に何のために学ぶのか、についてです。

 では、まず、今日という日のかけがえのなさについてお話しします。昨年、最も印象に残った言葉の一つに、“Today is a gift from God.”という言葉があります。これは本校にお勤めのイギリス人の先生が放送朝礼でなさったお話の中に出て来た言葉です。“Today is a gift from God.” 日本語にすると、「今日という日は神様からの贈り物である。」となります。英語の“present”には名詞として主に2つの意味があります。一つ目は皆さんの良く知っている「贈り物、プレゼント」です。もう一つの意味は現在、過去、未来の「現在」という意味です。過去が、“past”,未来が“future”,そして現在が“present”です。“present”に今お話しした2つの意味があることから、「現在という時は、神様からの贈り物である。」、“Today is a gift from God.”という表現が生まれまたのでしょう。ちなみにこのフレーズの前には更に文章があります。Yesterday is history, tomorrow is a mystery, today is a gift from God.です。「昨日は歴史である、明日はミステリ、謎である、そして今日は神様からの贈り物である。」とても素敵な表現だと思いませんか。

 さて、今日が神様からの贈り物であるとすれば、贈り物をもらって当たり前と思う人はいないでしょう。嬉しく思うはずです。食べ物であれば、おいしく味わいたいと思いますし、物であれば、大切に使おうと思うでしょう。今日という日が神様からの贈り物であるならば、今日が訪れたことを当たり前には思わず、感謝する、そして、この1日を味わい、大切に過ごす、そんな気持ちが、“Today is a gift from God.”にこめられているに違いありません。皆さんには、今過ごしているこの時は、贈り物のように大切なものであるということを忘れないでいてほしいと思います。

 2つめの心に留めておいて欲しいことについてお話しします。一箇所、聖書をお読みします。聖書にはイエス・キリストの誕生以前に書かれた旧約聖書と、イエス・キリストの誕生後に書かれた新約聖書とがあります。今日は、旧約聖書の後半に置かれている「コへレトの言葉」31節~8節をお読みします。

 コへレトの言葉31節~8節。一部を略して抜粋してお読みします。

 何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。生まれる時、死ぬ時、植える時、植えたものを抜く時、(中略)、泣く時、笑う時、嘆く時、躍る時、(中略)、求める時、失う時、(中略)、黙する時、語る時、愛する時、憎む時、戦いの時、平和の時。

 以上です。

 「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。」とあります。では、これから皆さんが過ごす3年間、あるいは6年間はどのような時でしょうか。英語で13から19までの数字は語尾にteenが付きます。Thirteenからnineteenですね。皆さんの世代は「ティーンエイジャー」と呼ばれる時期です。ティーンエイジャーの時代は世界がどんどんと広がり、様々なものに出会い、子供から大人になっていく時期です。やるべきことは色々とあるでしょう。その中で最も大切なことは、私は「学ぶ」ことだと考えています。私たち、人間は一生学び続けていくものだと思いますが、とりわけ皆さんの時代の学びは大切です。

 本校の創立者、聖ラファエラ・マリアの言葉をひとつ紹介します。1898年、今から121年前に書かれた言葉です。日本は明治31年でした。

 「わたしたちは、自分で方向を決め、正しく判断するために必要な教養を身に付けなければならない。」

これは、「わたしたちは何のために学ぶのか」という問いに対するラファエラ・マリアの答えだと言えます。彼女は、「自分で方向を決め」、つまり、人に言われるのではなく、自分の頭で考えて自分の道を決めること、そして、様々な場で正しい判断が出来るようになるために学ぶのだと言っています。現代は何百年に一度訪れる、大転換期だと言われています。この先どのような時代が訪れるのか予測をすることが難しいとも言われます。そのような現代においてラファエラ・マリアの記した言葉は古びることなく、輝きを増しているように私には思えます。もう一度、お読みします。

 「わたしたちは、自分で方向を決め、正しく判断するために必要な教養を身に付けなければならない。」

「自分で方向を決め、正しく判断できるようになるために学ぶのである。」ということを是非、心に留めて皆さんの時をすごしてほしいと願っています。

 今朝は、「今日という日は神様からの贈り物である。」ということと、何のために学ぶのか、ということについてお話ししました。二つのことに共通するのは、「今という時はかけがえのない時である、大切に賢く時を過ごしてほしい。」ということであります。

 以上を、式辞と致します。

桜開花.jpg

桜が開花しました。(4月14日撮影 本校駐車場より)

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