長野清泉女学院中学・高等学校 | ひとり一人、花を咲かせる6年間

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校長講話

校長講話_NO.180『2021年度 入学式式辞「出会う、ということ」』

2021年04月13日

 今年の春は訪れが早く、本校周辺の城山の桜は、4月を迎える前に花が開きました。地球温暖化のことを考えると、こんなにも早く咲かせてしまって、桜に申し訳ないような気がしています。それでも、春になると、私たちはあちこちで自然界の新しい命を目にし、気持ちを新たにさせられます。

 中学1年生の皆さん、高校1年生の皆さん、今日皆さんと出会えたことを本当に嬉しく思います。保護者の皆さま、本日はおめでとうございます。ご来賓の皆さま、いつも本校を様々な場で支えて頂き、本当にありがとうございます。

 春は「別れと出会いの季節」と言われます。本日は「出会う」ということについて、少しお話をさせて下さい。コロナ禍にあって出会いというものがいかに貴重なものであるかをあらためて感じています。私自身の出会いの経験、聖書の中に見る出会い、そして長野清泉での出会い、3つの出会いについてお話しします。

 聖書を一箇所、お読みします。パウロという人の書いた手紙、「コリントの信徒への手紙その一」13章の3節から7節です。では、お読みします。

 「全財産を貧しい人人のために使い尽くそうとも、誇ろうとしてわが身を死に引き渡そうとも、愛がなければ、わたしに何の益もない。愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。」

 この心に残る「愛」についての手紙を書いたパウロのことは後程触れます。

 では、3つの出会いについてお話しします。一つ目は私自身のささやかな体験です。私は1978年に大学に入学しました。そして、スペイン語を学ぶクラブに入部しました。入学してしばらくして、クラブのメンバーのお互いのことが分かり始めた頃、新入生歓迎合宿という合宿がありました。場所は民宿で、二段ベッドに寝たことを覚えています。夜、日本各地からやって来た1年生同士であれこれと話しをしていると、神奈川県出身のK君が私に向かって、「お前一人旅したことある?」と聞いてきました。「お前一人旅したことある?」という質問にはちょっと驚かされました。私は高校を卒業するまで、一人旅をする、などということは考えたこともありませんでした。私は、K君に「お前あるの?」と聞きました。するとK君は「俺はあるよ。」と答えたのです。その時、同じ大学1年生なのに、K君が大きな存在に思えました。そして、単純な私は大学2年生になる前に絶対一人旅をしようと決めたのです。K君の一言が私を変えた、と言ってもいいでしょう。大学1年の春休みに木曽に初めての一人旅をし、その後、奈良、九州、北海道とより遠くへ一人で旅をするようになりました。就職してからは、オランダ、イギリスを旅し、そして、イギリスはスコットランドの北の果て、スカイ島まで行きました。K君の「お前、一人旅したことある?」の一言が私をスカイ島まで連れて行った、と言うことも出来るかも知れません。K君との出会いで、私が大きく変わったのは事実です。

 二つ目の出会いについてお話しします。皆さんがこれから読むことになる聖書は二つの部分から成っています。「旧約聖書」と「新約聖書」です。旧約、新約の約は「約束」の「約」です。イエス・キリストがどのような生涯を送ったか、どのような行動をし、どんなことを語ったかは新約聖書に記されています。また新約聖書には様々な人たちとイエスの出会いが述べられています。今日のお話のテーマは「出会い」です。新約聖書の中に現れる様々な出会いの中で、最も印象に残る出会いについて少し、お話しします。それはイエスとパウロという人物との出会いです。パウロは英語ではポール(Paul)、イギリスはロンドンの中心部にあるセント・ポール大聖堂のセント・ポールは聖パウロのことです。このパウロはどのような人であったかと言うと、初めはサウロの名で知られ、キリストの教えを信じる人たちに危害を加えていました。「サウロは家から家へと押し入って教会を荒らし、男女を問わず引き出して牢に送っていた。」(使徒言行録8章3節)と聖書にはあります。キリストの教えを信じる人たちからとても恐れられていました。

 ところがこのパウロには驚くべき出会いが待っていました。ある日、十字架の死から復活したイエス・キリストと出会うのです。昨日はイエスの復活をお祝いするイースターで世界中のクリスチャンがキリストの復活をお祝いしました。イエスは十字架にかけられて息を引き取ったあと、三日目に復活します。パウロはそのイエスと出会ったのでした。その聖書の場面を読んでみます。「ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、『サウル、サウル、なぜ私を迫害するのか』と呼びかける声を聞いた。『主よ、あなたはどなたですか』と言うと、答えがあった。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。』」(使徒言行録9章3~6節)

 この出会いの後、パウロはまさに人間が180度変わります。復活したイエスと出会い、自分の本当の使命に気付かされたのです。新約聖書の中心は4つの福音書とこの生まれ変わったパウロが各地の人々に送った手紙からなっています。もし、パウロがイエスと出会わなければ、新約聖書に収められたパウロの手紙もありません。新約聖書は今あるものとは随分印象の違ったものになっていたことでしょう。

 今朝最初にお読みした愛についての手紙もパウロが書きました。イエスと出会ったパウロはこのような美しい手紙を書く人に生まれ変わりました。

 最後に皆さんの一人の先輩の話をして、今日の話を終わりにします。皆さんはこれから、3年間、あるいは6年間、様々な機会にイエス・キリストの生き方、言葉に触れていきます。宗教の授業は勿論ですが、クリスマスや創立記念日のミサでは司教様、神父様のお話を聞きます。そのような機会の一つに錬成会、静修会という会があります。日々の勉強や活動から離れ、その日はじっくり神父様のお話を聞いたり、ワークショップを行なったりして、自分を見つめ直す時を過ごします。私は、錬成会や静修会に同席する度に、この会を長野県の全ての中学生や高校生に体験してほしいな、と思うことがあります。高校3年生の時に静修会に参加した二人の生徒の感想文の一部を紹介します。彼女たちの率直な気持ちが綴られ、確実に彼女は何かに出会ったのだな、と思わせられます。ではお読みします。 

この時期というか、上がらない成績からか、受験、将来、そしてどんどん学校から追い出されていくような、そんな気持ちや不安で自分が心底嫌になり、自分自身をというか自分の人生全てを後悔して批判していました。今でも全てを肯定することは出来ません。自分が好きでもないし、嫌いです。しかし、今日の静修会で見方を変えてもらえた気がします。これからもっともっと沢山の嫌なことが待ち受けていると思うし、後悔も反省も全て投げ出したいことも沢山あると思うけれど、そのような時は見方を変えて、少し自分自身を肯定して認めてみたいと思います。 

もう一人の生徒の感想です。

「なぜこの時期に1日かけて静修会をやるのか」と思っていました。しかし、神父様のお話を聞いていくうちに、今までの自分について、今現在の自分について、また、将来の自分について、ゆっくり考えることができました。受験のことで頭がいっぱいなこの時に、一旦、考えることをやめて、自分をしっかり見つめ直せて良かったです。この時期だからこそ、静修会があって、良い時間を過ごすことができました。

「出会う」ということは、人間に与えられた神様からのプレゼントではないでしょうか。皆さん一人一人に豊かな出会いがあることを願っています。

以上を式辞とします。

20210405満開の桜.jpg

(本校前の道路にて 4月5日撮影)

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