長野清泉女学院中学・高等学校 | ひとり一人、花を咲かせる6年間

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校長講話

校長講話_106「聖書のメッセージ」

2018年07月26日

皆さん、こんにちは。高校生の皆さんは、明日から夏休みですね。夏休み前の区切りということで、少しお話しします。

聖書を一箇所お読みします。新約聖書、マタイによる福音書、8章の14節から16節です。

イエスはペテロの家に行き、そのしゅうとめが熱を出して寝込んでいるのを御覧になった。イエスがその手に触れられると、熱は去り、しゅうとめは起き上がってイエスをもてなした。夕方になると、人々は悪霊(あくれい)に取りつかれた者を大勢連れて来た。イエスは言葉で悪霊を追い出し、病人を皆いやされた。

以上です。マタイによる福音書の5章から7章は、『心のうた』の「ガリラヤの風かおる丘で」でも歌われた、イエスの有名な「山上の説教」です。今お読みした聖書の箇所はそれに続く部分で、イエスが山を下りられてからの行動が記されています。

お読みした聖書の場面は、イエスが人々の病をいやすところです。このエピソードの前でもイエスは一人の人の病気を治し、続いて百人隊長の僕の病をいやしています。続く9章でも様々な人の様々な病をいやすエピソードが綴られていきます。

イエスが人々をいやす場面を読み進めていくと気付くことがひとつありました。それは、イエスが無条件で人々のそばに寄り添っていくということです。例えば、「この人はこんな良い行いをしたから」とか、「こんな立派なことを成し遂げたから」とか、あるいは「心の中の思いが清いから」だとか、そういう理由があるからイエスは人々に接しているわけではありません。その人がどんな人なのか、人柄がどうかをイエスは全く問題にしていないのです。無条件で弱った人、苦しんでいる人のそばに歩み寄っていきます。この時のイエスの思いはどのようなものであったでしょうか、いつかゆっくりと考えてみてほしいと思います。私はここに聖書の大きなメッセージを感じます。

新しい年度が始まり、4月、5月、6月、7月と、早、4か月が過ぎようとしています。皆さんにも様々な出来事があったことと思います。嬉しいことも、時にはつらいこともあったでしょう。どういう4か月であったにしろ、この夏休みで一区切りをつけ、8月末から新しいスタートを切ってほしいと思います。もし、気持ちが沈むような時には、先程のイエスのエピソードを思い出してみて下さい。

それでは、良い夏休みをお過ごし下さい。

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