長野清泉女学院中学・高等学校 | ひとり一人、花を咲かせる6年間

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清泉日記

No.289 新年の始まり。中学3学期始業式

2018年01月10日

新年、明けましておめでとうございます。本校は、昨日より学校がスタートしました。中学では、3学期始業式が行われました。(高校は2期制のため、始業式はありません。)

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聖書の朗読箇所は、マルコによる福音書12章41節~44節でした。校長先生から、左記の聖書箇所から"ものを見る「ものさし」"についてお話しいただきましたのでご紹介します。

(以下校長先生のお話です)

一昨年、本校で講演をしていただいた山浦玄嗣先生は、上記の人々がお賽銭を入れる場面の聖書箇所をつぎのように訳されています。

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「金持ちたちが大勢、銭を豪勢にジャラジャラジャラジャラと投げ入れていた。」

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そのなかで、一人の夫を失った女性が、銅貨を2枚ぽとりと入れていきます。イエスは弟子たちに言います。「はっきりと言っておく。この貧しいやもめは、賽銭箱に入れている人の中で、だれよりもたくさん入れた。皆は有り余る中から入れたが、この人は貧しい中から自分の持っている物をすべて、生活費を全部入れたからである。」

この場面で印象深いのは、イエスの見方、ものを見る「ものさし」、あるいは「まなざし」と言ってもいいかもしれませんが、それが「暖かい」ということです。私などは、何かを見るときに知らず知らずのうちに、一つの「ものさし」でものを見てしまっています。その「ものさし」は自分独自のものではなく、世間の「ものさし」です。仕事は速い方がいいとか、勉強は効率的なものがいいとか、何かをするとき失敗しないことが大切だ、とか。しかし、そのような「結果」を大切にする「ものさし」だけで自分の生活や人生を見ていくと息苦しくなっていきます。そういった「ものさし」では測れないものの中にこそ大切なものがあるからです。イエスはそのことを示しているように思います。

新しい年を迎えました。今年、一年も様々なことがあるでしょう。一つ、心にとめて置きたいことは、ある出来事を見るとき、それを見る「ものさし」は一つではない、ということです。特に、友だちや家族、人との関わりにおいては、先ほどの聖書の場面のイエスのように暖かな「まなざし」を持ちたいものです。

高校の1月選抜は1月18日(木)・19日(金)です。志願期間は本日10日(水)から12日(金)までです(最終日は12時〆切です。)

皆様の新しい年に、祝福が豊かにありますように。

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